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2009年12月8日火曜日

Bezdružiceベスドゥルジツェ村

Bezdružiceベスドゥルジツェ村は道に迷い地図を見ようと車を停めた広場に、一台のバスが停まりバスから出てきた子供達が何処かに向かって楽しそうに歩いてゆくので、何か面白そうな事が有りそうな気がして付いていったらお城が有りました。
こうなりゃ、何か解らないが子供達と共にお城見学でもするかと見学したお城です。

<村概略>
ピルゼン県タホフ郡に属する同村は、1227年には文献に登場します。この頃ゴシック建築のお城が建てられます。
一度も訪れた事は有りませんが一時はKryštof Harant z Polžic a Bezdružic クリシュトフ・ハラントが城主だった時代もあります。
18世紀にはお城の老朽化が激しくなり1772–1776年に架けバロック様式のお城に建て替えられます。
この後1950年までLöwensteinロウエンシュタイン家居城となります。
1950年以降はレジャー施設として利用されビロード革命以後改修工事が施され2004年以後一般公開されています。

<主な見所>
◎zámek Bezdružiceベスドゥルジツェ城
お城の概略は<村概略>を参照ください。
Zámecká restaurace レストラン
Expozice skla ガラス展示
Expozice skla ガラス展示
Bezdružický skleněný betlém ガラスのベツレヘム
Prodejní galerie skla ガラス販売場
Expozice Kryštofa Haranta クリシュトフ・ハラント展
Před zámkem 城外観
Nádvoří 中庭

◎Kostel Nanebevzetí Panny Marie マリアの被昇天教会
同教会は1515年にゴシック建築様式の教会として建てられましたが、1710年にバロック様式建築物に建て替えられました。

◎YouTubeで見つけたビデオ。
前半はピルゼン市から同村に向かう汽車の様子、後半3分目から5分目辺りで改装オープンしたお城のオープン祭(2004年5月15日)の様子がご覧いただけます。
Steam Engine Back On Track


<リンク>
ベスドゥルジツェ村役場
ベスドゥルジツェ城

<旅のヒント>
プラハからはバスでPlzeňピルゼン市かStříbroストゥシーブロ村で乗換となります。
運行本数もPlzeňピルゼン市、Stříbro村経由共に一日各1本づつと不便なところに有ります。

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<更新暦>
2009年6月25日、第一編集終了。

2009年12月4日金曜日

Domažliceドマジュリツェ村

Domažliceドマジュリツェ村と云えば全国的に有名なChodské slavnostiホド祭りを思い浮かべるのではないでしょうか?
今年も8月14日から15日にかけて開催されました。
このお祭りは民族音楽の祭典です。

先ずはYouTubeで見つけた同祭りの映像をご覧ください。
Přijela pouť!!!


Chodské slavnosti Domažlice 2007, -vystoupení...


このお祭りの模様は同祭り公式サイトでもご覧いただけます。
いかがですか?気に入って頂けましたでしょうか?

<村概略>
ピルゼン県ドマジュリツェ郡の中心都市である同村は、10世紀頃には同村に集落が出来ていたそうです。
13世紀前半にPřemysl Otakar II.プシェミスル王朝のオタカル2世により独立行政区に指定されpurkrabství城伯を頂く事になり城壁を作り村を守る事が許されます。
13世紀後半にはkrálovské město王室の都市に指定されお城が建設されます。
po Bílé hoře白山の戦い以後Chodホド郡(現Domažlice郡)郡都となり、産業革命以後産業の中心地として栄え現在に至ります。

<主な見所>
Chodský hradホド城
同城はPřemyslem Otakarem II.プシェミスル王朝オタカル2世の時代13世紀後半に建設され、1726年~1730年に架けバロック建築様式に立て替えられます。1995年に火事に遭いますが幸いな事に修築工事を経て元の姿を取り戻しています。
現在は地域の歴史を紹介するChodský hrad - Muzeum Chodskaホド博物館として利用されています。
Muzeum Chodskaホド博物館

◎Arciděkanský kostel Narození Panny Marie マリア生誕副司教座教会
同教会は村の中心広場náměstí Míruナーメェスティー・ミール(平和広場)のシンボル的存在です。
1385年に最初の建物が建設されました。1747年に村を襲った大火災で同教会は焼失し1751~56年に現在の姿に建て直されたそうです。
高さ56㍍の同教会尖塔からの眺めはも必見です。

YouTubeで見つけた同塔からの眺め。
domažlice tower


◎Radnice市役所
村中心広場náměstí Míruナーメェスティー・ミール(平和広場)には1893年築のネオ・ルネッサンス様式の美しいもあります。

◎Dolejší brána náměstí広場下門
náměstí Míruナーメェスティー・ミール(平和広場)東側には、13世紀末に建設された村を守る要塞の門”Dolejší brána náměstí広場下門”があります。
同門は1905年に修復工事されています。

◎Branka門
náměstí Míruナーメェスティー・ミール(平和広場)から南に下った所にはゴシック様式のBranka門と呼ばれる建物が有ります。
この建物は、元々防塁の門でした。現在は多くの芸術家を魅了し、絵や写真のオブジェクトとして有名です。

◎Historické domy ve Vodní ulici ボドニー通りの歴史的街並
Branka門とnáměstí Míruナーメェスティー・ミール(平和広場)の間には歴史的建物が並ぶVodníボドニー通りがあります。
特にkrčmou U Meluzínyは必見です。

◎Spálenáスパーレナー通り
náměstí Míruナーメェスティー・ミール(平和広場)北側にも歴史的建物が並ぶSpálenáスパーレナー通りがあります。

Muzeum J. Jindřichaインジハ・インジハ博物館
同博物館は作曲家Jindřicha Jindřicha インジハ・インジハ(1876 – 1967)の蒐集物を展示した博物館で、民族音楽関連の展示物が有名です。
残念な事に2010年まで一般公開停止されています。

<リンク>
ドマジュリツェ村役場
ドマジュリツェ村観光案内所
ホド城

<旅のヒント>
本数は少ないようですがプラハから直通列車が運行されています。
鉄道・バス共にPlzeňピルゼン市乗換で向かうのが無難のようです。
所要時間は3時間から3時間半です。

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<更新暦>
2009年6月24日、第一編集終了。

2009年12月1日火曜日

Plasyプラシ村

Plasyプラシ村はLázně Kynžvartラーズニェ・キンジュバルト村と同様、あのクレメンス・メッテルニヒの所領として有名です。

<村概略>
ピルゼン県北ピルゼン郡に属するPlasyプラシ村は、cisterciáckého klášteraシトー修道会と共に建設され、同会と共に発展した村であると言っても過言ではない村です。

1,144年にチェコ公国王VladislavIIブラディスラフ2世の許可により同修道会修道院が創設されました。
同村は何処の市町村にも属さず、かといって独立した行政区でもない曖昧な状態が長い間続きました。
1826年にMetternichメッテルニヒ家がこの地を領土として購入したのを切っ掛けに、鉄道が敷かれ工場が誘致されと地域は発展し1850年には独立行政区として初めての選挙が行われました。
鉄道時代はPlzeňピルゼン市とŽatecジャテツ村を結ぶ主要幹線として賑わいました。

さて一方の修道院も村の発展同様に修道院設立後フス戦争や30年戦争に見舞われ余り大きな発展は有りませんでした。
やはりMetternichメッテルニヒ家がこの地を領土として購入したのを切っ掛けに、同家の墓を守る教会(所謂、菩提寺)として同村の教会が選ばれ、修道院は同家の資金援助により飛躍的に大きく豊な修道院へと発展します。
1894年には火災に襲われたものの直ぐに修復されます。

修道院の悲劇は1945年にソ連軍事務所として接収されてから始まります。
1948年にソ連軍が修道院を去った後は国家接収され、国家機関の役所として使用され続けます。

村の発展も修道院同様Metternichメッテルニヒ家亡き後利益誘導型投資が無くなり、経済的には意味の無くなった鉄道路線の衰退で村も衰退してゆきました。

ビロード革命後修道院は修復され国宝指定され観光の目玉となるや、村も周辺温泉街と共に観光地として発展を始め現在に至ります。

<主な見所>
◎Metternichovská hrobkaメッテルニヒ家の墓地
同家墓地は、元々1690年に 建設されたゴシック様式のkostel sv. Václava聖バーツラフ教会でした。
この教会はその後廃止され、1826年にメッテルニヒ家が同家の墓地として買取りました。
1970年に教会スペースを葬儀場スペースとして改装されました。
Metternichメッテルニヒ家代々の墓がある地下。
葬儀場として使われている元聖堂。

◎cisterciáckého klášteraシトー修道会修道院
同修道院の概略は<村概略>を御覧ください。

YouTubeで見つけた同修道院を紹介するビデオ。   
KLASTER PLASY


◎Litiny博物館
この博物館は元々鉄工所でした。
19世紀にその役目を終えました。
現在は、メッテルニヒ家がもたらした同村伝統産業の鉄工芸品を紹介する博物館として利用されています。
Expozice Litiny展示
Expozice Litiny II.展示II

<リンク>
プラシ村役場
プラシ修道院

<旅のヒント>
プラハからは鉄道・バス共にピルゼン市で乗り換え同村行きに乗り換えます。
所要時間は2時間から2時間半です。

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<編集暦>
2009年6月23日、第一編集終了。