2009年12月24日木曜日

Litoměřiceリトメジツェ村

この村は昔勤めていた日系自動車部品工場が有る村に近い一番人口の多い村でしたので、当時の同僚が沢山この村から通っていました。
その関係でこの村をしょっちゅう訪れていましたので結構隅々まで歩き回りました。
当時撮影した写真を誤って紛失したのは残念なことです。

<村概略>
ウースティー県リトメイツェ郡に属する同村と聞くと詩人Karel Hynek Máchaカレル・ハイネック・マーハを連想するチェコ人が多いのではないでしょうか?

彼は1810年11月16日にプラハのマラー・ストラナで生まれており、 この村出身ではありませんがカレル大学法学部業後の1836年9月この村の法律家として職を得この地で彼の代表作叶わぬ恋愛をテーマにしたMájマーイ(1836年発表)を発表しました。
同詩はチェコ浪漫派の最高傑作と讃えられています。
多くのチェコ人は小学校で国語の時間にこの詩を暗記させられていますので、チェコ人にとっては馴染みの深い詩です。

2008年8月21日に封切りされ爆発的ヒット映画となった映画Májマーイはこの詩を題材に撮影されたロマンティックな映画です。
この映画を見ているとリトメジツェ村をかなり意識しているなと感じさせられます。

<主な見所>
◎Windsor風車小屋跡
この映画に出てくる風車小屋をイメージした建造物は国道8号線沿いのリトメジツェ村付近で、見る事が出来る丸いレンガ建ての廃墟となった建物です。
この風車小屋周辺は映画同様小高い丘になっておりリトメジツェ村に向かって平原が広がっています。
風車小屋を狩猟用の城として1869年建替えられ、19世紀後半から1945年までレストランとして利用されていました。
その後廃墟となり現在に至っています。

◎Kopec Radobýlラドビール丘
主人公の盗賊が処刑されたとされる十字架が建つ山 をイメージした山も現存します。
この山はKopec Radobýlラドビール丘と呼ばれ、薬草が取れる丘として地元では有名です。
17世紀には木製十字架が掲げられていました。
1862年に木製から金属製に掲げかえられます。
現在の十字架は1992年に現在の十字架が掲げられます。
1836年10月27日にマーハはこの丘に登り最後の詩を書きます。
この年の11月6日に天に召されました。

◎YouTubeで発見したマーイの映像。
この映像を見た後映画マーイを訪ねるロマンティックな旅は如何でしょうか?
Máj - obrázky

Máj - Music video (by F2ees)

Máj: Trailer


◎Měšťanský pivovar地ビール工場跡
1720年に同村城の一部をビール工場として改装し、2002年まで実際にビールが生産されていました。 同工場跡は19世紀と20世紀の変わり目頃に大きな増改築をされた時の姿を現在に残しています。

Radniční sklípekラドニチュニー・スクリーペック
地下のワインセラーをレストランに改装したロマンチックなレストランです。
この村を訪れたら是非同レストランで食事をしてみてください。

Oblastní muzeum v Litoměřicích リトメジツェ地域博物館
1874年に地元商工会が音頭をとり博物館が創設されました。

◎Památník Karla Hynka Máchyマーハ記念館
同村地域博物館分館として、マーハが実際に住んでいた家を博物館として利用しています。

◎YouTubeで見つけた同村案内ビデオ。
Litomerice-Leitmeritz an der Elbe-ein Video von Marie Jakobs


<リンク>
リトメジツェ村役場
地域博物館とマーハ博物館
映画マーイ
同村観光案内所製作ビデオ付きガイド
ラドニチュニー・スクリーペック
マーハ画集
リトメジツェ村の現在(ウエブ・カメラ)

<旅のヒント>
Praha,,Nádraží Holešovice プラハ・ホレショビッェ・バスターミナル、Praha,,ÚAN Florencから直通バスが運行されています。所要時間片道約1時間。

『地球見聞録』 チェコ編
『地球見聞録』 チェコ編


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<更新暦>
2009年5月24日、第一編集終了。

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